仕事にはやりがいを、人には礼節を

私は現在42歳。職場によって役職名は変わりますが、部署を管理する立場で働いています。
私も昭和生まれの人間なので、毎年新入社員が入社するたびに時代の移り変わりを感じます。

一番ひどかったのは、やはりゆとり最盛期の時期でした。
新入社員の頭の悪さと、言葉遣いの悪さ、そしてマナーの無さには驚きました。
それが社会問題になったのもうなづけます。
ゆとりで育った若者たちが新入社員として会社に入ってきたとき、このような大人が増えたら本当に日本の社会が崩壊するかもしれないという危機感さえ感じました。

私たちの会社もゆとりの影響を受けました。
ゆとり世代とそれ以外の世代とのギャップが激しく、トラブルが続出しました。
団塊の世代のように、仕事人間になることや、会社に尽くすことを期待しているのではありません。
しかし、社会人として会社という組織に所属するということは、会社の利益の為にに社員が一致協力する必要があります。
そのようにして社会はまわり、日本という国が回っているのです。
私たちは経済を活性化させる努力をすることによって、給料やボーナスを獲得し、あるいは昇給することができるのです。
そういう責任感がゆとり世代にはまったくありませんでした。
苦労したくない。
熱くなれない。
そして人のアドバイスを受け入れられない。
聞く能力や考える能力が無いということでしょう。
あの時代は本当に苦労しました。
会社の業績も下がりましたし、新卒で離職するというトラブルも何年間か続きました。
そして私自身も、いつもイライラして、管理者としての能力を試されているように感じる日々でした。
その後、ゆとり世代は過ぎましたが、最近の新入社員は、今度は悟り世代といわれているようで、やはり難しさを感じます。
社会の格差が広がったりしているせいかもしれません。
どんなに頑張っても、自分の人生はある程度行く末が見えるというような考え方を持っているのです。
確かにそうかもしれません。
生まれた家庭、出身大学、勤務する会社によってある程度の生涯年収やそれに伴う人生設計は見えているというような事を、クールに淡々と話します。
企業に所属することを、歯車の一環のように考え、仕事はあくまでも生計の手段、心はここにあらずという感じです。
とにかくやりにくいの一言に尽きます。
でも、ゆとり世代にしろ悟り世代にしろ、そういう考え方をしている限り、人間としての成長はありません。
私も会社のために人生を捧げろとは言いませんが、効率を考えること、人と協力すること、迷惑をかけないこと、人に理解しやすいコミュニケーション能力を磨くことなどをしっかり学んで欲しいと思います。
また自分の仕事が誰の役に立ち、大きな社会の中でどんな役割を果たしているか、もし自分たちの職種が無くなったら社会にどんな弊害が発生するかを真剣に考え、より良い社会を作るため、より豊かな日本を作る為に、何が出来るかということを真剣に考えて欲しいと思います。
もっと人の役に立ちたい、良い社会にしたいという人間としての本質の願いを持って欲しいと思います。
そういうことも真剣に仕事をすることで理解できる部分もあると思うので、あまり自分のアフターファイブ(私生活)の充実ばかりに集中しないで欲しいと思います。

また、悟り世代のように哲学的に物事を考えることに反対はしません。
しかしほんの22、3年しか生きていないのに、人生すべてを理解することはできません。
将来のことは誰にもわかりませんし、何より誰にも可能性というものがあるからです。
ですから、自分は理解している、悟っているというような態度は捨てて、人生の先輩たちから話を良く聞いて、自分と考え方や感じ方が違う人たちの意見も柔軟に取り入れて欲しいと思います。
なにより新入社員、社会人一年目というとは小学校一年生と同じです。
自分が経験したことが無いことは、本当の意味で理解することなど出来ないのです。
だから礼節を尽くし謙虚な気持ちで、先輩達から仕事を学び、どの部署で働いている人にも、社会人の先輩としてリスペクトしてほしいと思うのです。